ホルマリン漬けの思考回路

散文的思考ログ(旧:真空管かけごはん焼き機)

医師に投げつけたいドロドロのメモ

先生が一体どれだけ患者を診てきたのか、そして双極性障害の患者を診たことがあるのか。それをわたしは存じ上げませんが、前の診察の反応を見たところ少なくともわたしのカルテを読んでいらっしゃらないのだろうなと感じたので一から説明させていただきたく思います。時間がないのは承知の上ですが、これを聞いていただかないと先生はわたしを正しく診ることができないでしょうし、わたしは先生を信用することができません。

 

まずわたしがここに通っている理由を明確に示しておきたいと思います。

わたしは強い薬をくれとか、特効薬が欲しいとかそんなことは思っていません。ただ苦しんでいることを、わたしが生きていることを見て欲しいんです。それをわかってもらえないならお薬診察だけでいいんですよ。

そのお薬をもらったところで治らないことはわかってますし、せいぜい死なないでいる努力は一人でできますからね。

 

ではわたしがどういうふうに生きてきたかをお話しします。カルテに全部書いてると思いますけど。

 

明確におかしくなったと思うのは中学2年の終わりからです。

死にたいと思い始めたのはその時期です。友達もいませんでした。

3年の中盤〜終わり頃(受験勉強で徹夜とかしてた頃)には逆に元気になって友達に囲まれるようになりました。しかしリストカットを派手にやっていたのはその時期です。

高校1年生の時期は記憶がありません。リストカットはここの頃にやめたはずです。

高校2年の1年間はずっと死にたいと思って生きていました。

高3は逆に新しく部活動を始めたり、女性関係で複数人をたぶらかして人間関係をぐちゃぐちゃにしたりと活発になっていました。

 

(2016〜2017

大学1〜2年春くらいまでは本当に絶好調だったと思います。友達もたくさんいました、新しく趣味も始めました。(浮気も)

しかしだんだん調子が悪くなり、友達付き合いもできず、リストカットも無意識に行うようになったので精神科にかかりました。それでも冬になるにつれてどんどん調子が悪くなっていきました。学校にも行けません。

 

(2017〜2018

そこでレクサプロを出され始めてから上向きになってきて3年に差し掛かる頃にはまた絶好調になりました。そこでまた女性関係で問題を起こします。でも元気だったので問題ありませんでした。学校も行けていました。ただし気が大きくなって適当になっていたのでお金はめちゃくちゃに使うし単位も落とし始めました。

秋に差し掛かるあたりでレクサプロを切られてからみるみる調子が悪くなって学校に行けなくなりました。インターンにもいけない、このままでは就活ができない、死ぬしかないと思ったので休学を選びました。そして薬もちゃんともらえないから不審に思ってこの病院に転院したのです。

そこからはどのタイミングにどの薬を出しているのかカルテに書いてあると思うので照らし合わせてください。

 

(2019

4月には元気になっていたのでバイトを始めました。お金も入ってないのに今後なんとかできるからと言って高額のお買い物もしました。

でも5月には徐々に離人感などに襲われるようになって、6月にはすっかり寝込みバイトを辞めて、8月始まるくらいまで元気がなかったです。

でもそこで急に元気になって突然東京に行ったりしました。新しく瀉血をし始めたりしました。

10月辺りにはまた下がり始めて、11月では突発的に自殺を実行に移しました(リチウムとクエチアピン、その他手元にあった無数の薬)

そこからひどくなって瀉血で1L近く血を抜いたりとか、眠剤で記憶を飛ばしたりとか好き勝手やってました。ブ□ンもここでだけやってました。

 

(2020

でも休学を終えるということで、何もかもとりあえずやめました。2月にはクリーンな生活を始めていました。

3月から就活をやり出して、そこから5月までは元気でした。ゼミも頑張ってました。でも6月から徐々に悪くなり始めて、自傷もしていました(瀉血)。夏休みが終わるまではぼーっと暮らしてたはずです。9月中頃からは登校が始まったので卒業研究とか頑張っていこうということで、11月まではきっちりやれていました。

 

(2020〜2021

そこからまた調子が悪くなっていって、実験やったりとか概論とか書いたりしないといけなくなっていく1月ごろまで本当に低空飛行で死にかかっていました。何度も自殺を考えたと思います。でもシラフでやっていました。

本論の提出が迫った2月はじめあたりにサインバルタをもらって、そこからハイになってなんとか全部終わりました。

3月は楽しく過ごせて、4月はお伝えした通り仕事始まってバリバリ頑張ってました。周りの誰よりも研修の進みが早かったです。でも5月からズルズルと下がり始めて動けなくなって眠れなくなって、6月家に戻ってきて不安定なまま会社に行って頑張ってました。そこで本当に動けなくなるくらいならブロンで不安定にしてでも動ける方がマシだと、全部わかって使ったんです。ただ楽になるためではないんです。

そして今です。

 

(2019年の終わり頃には確かにそれに溺れてましたよ。

でもそこから1年以上全く使ってなかったんです。使ってなかったしもらってる処方は守っていたのに調子は物事に関係なく変わってたわけです。

これでブ口ン依存と診断を出すのであればお薬診察にするか病院変えます。)

 

もう一度わたしがここに来ている理由をお伝えします。

わたしが生きていることをわかっていただいて、それに寄り添うようにしていただくためです。

現状今後について考えていることは

・今やっていること(仕事をして普通に生きていくこと)がうまく行かなければ全部諦めて障害者としてやっていきます

・入院したほうが楽なのは承知してますが、そうするのは全て諦めてからです

ということです。

 

今後のことだけでない悩みもあります。

今こうやって話しているわたしは死にたくはないです。ですがおかしくなってる時はそんなふうに考えてるのとは違ってずっと死にたくなったり実際に死のうとします。

それに殺されるのが怖くて仕方ないんです。

 

 

こういう人間です。お願いします。

最後にお尋ねしますがこれで問題が依存だけなんですかね。そもそも依存なんですかね。

 

線路

これは希望。

こうなればわたしはしあわせだなっていう。

 

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生きてきて20年とちょっと。

物心ついた時にはブラウン管の分厚いテレビと、いちいち面倒なVHSでGコードとか使って予約してたような世界だったのに、いつのまにやら薄くて綺麗な画面の液晶テレビと簡単に番組表から録画予約できるようになってるくらい世間は様変わりしていた。

 

わたし自身もひどく変わった、変わってしまった。歪んだという方が正しいだろうか?

昔はもっともっと明るくて前向きで、「光属性!」って感じの人間だった。

いつの間にやら人と関わるのに怯えているような、そんな性格になった。誰かにポイ捨てされたりとか、関わる前から攻撃されたりとかしたからかな。

そうやって徐々に擦れていって、人間関係のスタンスがもともとあった「相手の求めるものを演じればいい」にプラスして「所詮消耗品なのだから使えるものを使えばいい」、となった。

恋愛関係が特にそうだった。その考え方ができてしまったのも悪いが、躁状態と重なってガンガン人を泣かせるような行動を取っていた。

 

でも、本当に泣いているのを見てしまって、苦しくなった。

もっと早く気づくべきだったのはそう。いやもしかしたら気づかないふりをしていたのかもしれない。

この人で最後だ、みたいな勝手な思い込みしてた人を泣かせて、ようやく直そうと思った。もっと人に向き合わなきゃいけない、消耗品だと思ってやってちゃいつまで経っても何も残らない、と。

 

それで、今。こんなのを書き記すべきではないと思うんだけどね、でも書いておきたい。

わたしは、今日を一緒に生きてくれる貴方を本当に大事にしたい。そう思っている、強く強く。

 

これからのわたしが今のわたしの敷いた線路を走っていることを、そしてこれを読み返すことがあったらまた強く誓い直してくれることを、祈ってここに記します。

 

線路を失くしたわたしたちへ。

 

わたしにな「がなせる?何も努力できないくせに

なにがのこせる?理想だけ並べてるだけのくせに

だれを助けられる?自分のことも救えないくせに

勘違いするな、お前はヘドロの中でもがくこともやめて淀んでるゴミそんな態度でしかないくせにつらつらと夢を羅列して散らかしてなにもしないまま沈むだけなのだから何も言い訳にならない最初からそうでしかないただただ日が過ぎるのを眺めるだけただ見ているだけ足を止めて置いてかれるのが怖いなんて動かしもしないんだから当たり前文句だけ言って何もしていないのはお前何もかもわたしのせい全部お前の責任そんなならとっととこの世から消えればいいのに明日がどうとか語る資格はないよお前に未来はないよただ腐って行くしかないんだよなにもなにもなにもなにもなにも努力できないしたこともないしんでもしんでもしんでもしんでもしんでもしんでもしんでも治らない治るわけがないそれがお前の本質でそれしかないくらい空っぽなクズ

 

思考ログ

死にたいんだろうけど死に方も、なぜ死にたいと思うかもわからない。

何が苦しいのかわからない自分がなんなのかもわからないいま何を考えて何を思ってどうなっているのか、どれも自分ではない気がしてしかたない

刺されて死にたい

病めることは、病めるときにしか病めない。

定期的に湯船で考え事をする時期が来る。

オブラートに包まずにいえば鬱が来るタイミングなのだが。

今回は急に苦しくなって、何もできなくなっていく、気力がなくなる、実際に身体が動かなくなってく事実に病んでいる。病んでぬるま湯の上を溺れているのか浮かんでいるのかわからない状態を3時間続ける。

 

鬱の時期は鬱の時期で変な頭の周り方をする。

気持ちを文字に残そうとするのは主にこの時期で、なぜかというと病むことをくるくる繰り返しているので単純に文字にするとそこそこ書けるのと、それをアウトプットしないといずれオーバーヒートして全部の思考が「自死」へと向かうからだ。

「もはや死にたすぎて死ぬ方法すらわからない」とまでなると本当に何をしてても全部死への渇望に変わってしまって趣味もできなくなってしまう。この前なった。

 

-それはそうと-

 

去年未遂したとき、一体自分が何に対してそんなに苦しかったのかもう今のわたしにはわからない。

わからないといいつつ、心当たりはある。あるけれど今同じことで苦しむのかというとそんなことはないと思う。

だからわからない、なにをそこまで悩むことだったのか。

昔苦しかったことを振り返ったらすべてそう、そうなる。

友達がいないとか、受験がどうとか、いじめがどうとか、部活の人間関係がどうとか、心底どうでもよく見える。

じゃあその時の悩んでた時間が無駄かというと、それはそれでまた違う。そのとき悩んで悩んで、選んだ答えがあるから、その時思ったことがあるから、そこで死なずにいたから今のわたしがある。

別に「死なないでいることが美徳、生きてないといけない」とは言わない。なんならわたしは死んでおけばよかったとか、今死んだ方がいいとかいまだに思っている。

でも、生きてく上でその時の問題で病むことは大事という話。きっとね。

 

今病んでることも、今後のわたしの構成要素として役に立つのかな。

 

役に立つ前に死んでなきゃ、いいけど。

一方通行の住宅街

・趣旨

自分がモヤっているから吐き出しておきたい

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自分のフォロワーは観測している限り対話をしていると思っているので、この話とは関係ないと思ってくださいまし。


人と人とは中身を共有できるような便利なものではない。

我々はガンダム世界のニュータイプではないので、「憎しみは憎しみを呼ぶだけだって…わかれ!」みたいなこと言っても分かり合えません(元ネタでもこのセリフの話はたぶん分かり合えてない)

 

某所での不毛な言い合いを見て思うのだ、話さないとわからないって。

もちろんそれが理想論なのもわかっている。

でもただただあることないこと言い続けてても意味ないし、相手の真意が見えないまま罵ってても前に進まないよなあって。

 

ニュータイプでなくとも口はついてるんだ、話さなきゃいけない。それで分かり合えないならそこまで。

でもきっと皆大人でしょう?分かり合えなくても相手が何を思っているかくらい、納得できるでしょうよ。

 

一方的に思うだけでなにが起きるというのだろうか。完全に足が止まっている。

意見があるとしてもちゃんと言わなくちゃなんにもならないし。

ねえ?

 

足を止めた人間をわたしは許さない。

壊れた人形は人間の夢を見るか?

空のおもちゃ箱に足を踏み入れた。

もう2度と使えないと思っていた糸も切れて関節も何もかもボロボロになった人形を無理やり動かしてみた。

ダメだと思っていたけど思ったよりしぶとかったらしい、また同じように踊れていた。

 

もう2度とあの楽しかったわたしを演じられないという絶望から学校にも行かなくなっていたが、まだできるらしい。わたしはまだ舞える。

 

わたしは大学を休むあたりから、自分を壊れた人形とか、人外とか、自分が人間未満であるという例えをするようになっていた。(人形であるというのは育ちとかの問題で親の操り人形でしかないというニュアンスでたまに使っていた)

もともと人間であると思っていたけれど、双極で普通と同じことはできなくなっていたし、それを取り繕うことももう叶わなかった。

普通と同じことも困難だけど取り繕って誤魔化す、それが人間を演じる人形。

演じることもできなくなったから壊れた人形。

そういう思考だった。

 

わたしの学校でのロールとしては、不真面目なようでちょっと真面目な楽しい人間、というところだった。

躁で自分の首を絞めるような逸脱行為をして、鬱でまともに学業もできず、人間として人を楽しませるようなことはできなくなった。

学業がまともにできないことも大問題だったが、それよりも自分が皆の期待する自分でいられないというのが一番苦しかった。

だからたとえ友達が先に卒業して取り残されるとしても、もう演じる必要がないようにしたいと願った。

 

結局、今日サークルに顔を出して昔と同じことをしたわけだが。

でもできるのならば、壊れる前の人形より上手く踊りたい。

もっと、人間の、ように。